二
手早くランチを食べ終え、夜中のエマージェンシーな食欲を宥める用にテイクアウトを選ぶ。
レムナンは抜群に食欲をそそる香りのデッカいチキン冷凍パックも持って帰りたそうにしてたけど、それいつ食うの?依頼人の家で揚げんの?とやんわり止めた。凄まじい目で睨まれたが、終始オロオロしているばかりの依頼人サンの為にもここで折れる訳にはいかない。お財布担当の所長サマは、何故かテーブルが隣り合った知らない子供相手に、間違い探しのコツを延々と講釈垂れており、こちらには当然ノータッチ。ろくな援軍を受けられないまま、なんとかティラミスで手を打ってもらうことに成功した。俺のこと、もっと褒めてくれてもいいと思う。
結果、レンジだけで調理できる食料とデザートを抱えて、レムナンはなんだかほくほくと満足げだったし、ラキオも依頼人サンをガン無視で先頭をズンズン歩いて行く。そんな2人の後ろ姿を見て、俺は誰にも聞こえないようにこっそりと溜息をつく。
信じられないことに、この事務所では俺が一番しっかりしないといけない場面が多々訪れる。心配そうに俺の横を歩く依頼人サンに、適当に雑談を振って場を保たせつつ、早々に帰路についた。
依頼者宅へ戻るなり、留守にしてた時間の計器類をラキオはチェックし始める。しかし、案の定というかなんというか……何の音沙汰もなかったみてーで、露骨に不機嫌になっていた。
「仕方なしに留守にさせられたからね。せめて人間がいなくなることで何らかの反応が得られれば上々だと思ったンだけど、やっぱりなんとかの考え休むに似たりってことだね」
とブツブツ文句を言ってたが、俺ァ突っ込まないからな。せめてそれレムナンには聞こえないようにしろよ。
――結局、調査1日目はなんの成果もないまま終わった。
レムナンが時折鬱陶しそうに羽虫でもはらうみたいな仕草はしていたが……
まぁ、それは割といつものことなのでイイだろう。
「やっぱり、お化けなんて私の思い込みだったんですかね……」
依頼者サンが消え入りそうな声でこぼした。しかし、
「依頼人の主観なんて最初から求めていないよ。キミの話に僕の興味を少しそそりそうな内容があったから来たンだ。調べて何もなければ勝手に調査を打ち切らせてもらうだけだから、別に気にしなくていい」
と全く気にかけていない調子でラキオは返すだけだったし、
「……大丈夫、ですよ。なにもない、わけ、ではないですから……」
と、レムナンはその菫色の瞳を暗くして、どこかを睨むばかりでとりつく島もない。
気弱そうな女性が一人で、家にわざわざこーんな怪しい奴らを呼ぶなんて、まさに藁にも縋る思いだろうに……。こんな言われ方をして、正直依頼人サンは哀れだなと思わないでもない。
ラキオとレムナンが最初に予想していた通り、この家にいるかもしれない何かとやらはえらくシャイらしい。パッとなんか危なくない感じの、軽めのポルターガイストでも起こしてくれた方が“何かある”証明になって、依頼人サンも自信を持てそうなもんなんだけどなァと茶化すと、軽い冗談だったのに「ありえません」とレムナンにキツ〜く言われた。そんなもんかね、俺はいまだにその辺のイイ具合ってーのがわからない。
とりあえず今日はこのまま待ってても何もなさそうなので、依頼人のアキさんには休んでもらうことになった。
何も起こらないまま先に休むことを申し訳なく感じたのか、依頼人サンはしきりにペコペコとお辞儀をする。しかしレムナンは無言で3個目の冷凍ドリアを頬張りながら、モニターを睨むばかりでそちらを見もしない。さらに追い打ちをかけるように、
「君がいてもいなくても、調査に影響はないから早めに寝たらいいンじゃないの。僕たちはここできちんと仕事をさせてもらうから」
とラキオは最ッ悪の物言いをしていた。流石に白目を剥きそうになる。マジで俺が来るまでどうやって仕事してたんだ?2人の代わりに俺がちゃーんと謝っとく。
「気にしてませんから、大丈夫ですよ。沙明さんたちも無理はなさらないでくださいね」
依頼者サンも多少この2人の態度に慣れてしまったのか、ぎこちない微笑みだけ浮かべて自室へ戻っていった。やっぱ対人に難がありすぎじゃねえかなァ、ウチの事務所は。
監視カメラ越しに彼女が部屋に入る姿を見る。
流石に寝る時くらい、カメラは切ってサーモグラフィーだけにしますか?と一応提案はしたが、依頼者サンは目を伏せて少し考えた後、「大丈夫です。それより調査のデータをきちんと皆さんがとれた方がいいとおもうので」と言ってくれた。オドオドしていて最初は目も合わなかったが、半日ほどで少なくとも俺とは普通に会話できるようになった。というか、俺以外の2人がアレなだけな気もするけどな。
しばらく落ち着きなくゴソゴソ布団で動いていたが、ザラついた画面に映る動きが徐々に小さくなり、程なくして眠ったようだ。
いくら俺でも、依頼人の女性の寝姿をジロジロ見るのは気が引ける。なるべくそっちはあんまり見ないようにしながら、あくびをしつつ他のモニターを眺めておく。すると、シャワーを終えたらしいラキオが怠そうな顔でベースへ戻ってきた。うちの所長サマは依頼人サンが休む前に、しっかりと入浴の許可を得ており、俺らの最後にのんびり湯浴みを楽しまれていたというわけだ。今晩は王族の方?って感じのえらくツヤッツヤした見るからに高そうなパジャマを着ており、小脇にはメイクポーチを抱えている。今更だけど、お化け屋敷の捜査に来たんだよな?ラフとは言え、シャツにパンツの俺がおかしいわけではないよな?
逆に、いの一番にシャワーを終えたレムナンは、昼間と同じような臨戦態勢ジャージを着ていた。ついでに俺は昼夜変わらぬその姿に突っ込むという、見えている地雷を踏むプレイをうっかりしてしまい、「これは違います」と逆ギレされるという実績を解除済だ。ちなみにパジャマ用はなんか襟のところがビョンビョンになってるらしい、わかるかそんなもん。
内心ゴチていると、持参した鏡を見ながら丁寧にメイクを落としているラキオが、またもや大きいあくびをしていた。
それもそうだ。夜型の俺やレムナンはともかく、ラキオはバラエティが一番盛り上がるこんな時間にはとうにオネムで、いつもならグッスリ夢の中。調査の時すら、よほど緊急でなければ俺たちに監視を任せて寝ていることが多い。
――そんなラキオが、何故か起きている。
あれ?なんかそんなヤベー案件だったの?昼はそんな話してなかったじゃん。
急に感じもしない霊感とやらが働いたような、背筋がゾワゾワとしてきたような、気がする。
「なぁレムナン、ここにいる霊ってもしやめっちゃテリブルなヤベー奴?」
「えっ、そう……ですね……ヤバいというか……」
レムナンは急に話を振られて驚いたのか、ティラミスを抱えていた手を止めて、どう言うべきか考えあぐねているらしい。その様子が、余計に恐怖を煽って、背筋に嫌な汗をかく。やめろよ、見えない方が怖いってこともあるだろ!
「全く、馬鹿も休み休み言いなよ。今回の事象の原因が何であれ、現状では単独行動をした人間にすら牙を向かない程度の存在だし、悪意のあるタイプなら真っ先にレムナンが気付いているだろう。それを1人でシャワーを浴びてもいいなんて許可するくらいなンだから、脅威のある存在ではないことくらい少し考えればわかりそうなものじゃない?」
……眠気は全く隠しきれていないのに、素晴らしくよく回る口をお持ちだことで。
でも、ラキオの呆れ果てたような指摘はごもっともだ。昼間あれだけ、1人で家に残すことすら忌避していたレムナンが、夜に単独行動を許可するなんて「こちらは安全でございます」と丁寧に熨斗つけて言っているようなものだ。
「一応、最初に僕が入って……何もないこと、確認しましたし……」
「えっ、一番に風呂行くってのアレ、そーゆー意図だったわけ?」
「ええ。僕で、何もないなら……大丈夫だろうと、思ったので」
依頼人のことは終始ガン無視で、ずっと飯食ってるな……と思っていたが、どうやらしっかりと俺らのリスク管理はしてくれていたらしい。
優しさがわかりづらいんだよな。マジで。
割りかしこういう態度に慣れた俺でもコレなんだから、レビューの低評価もむべなるかなって感じだ。
「……じゃあこの家、マジでナニもない系?」
えんやこらえんやこらとデカくて重い荷物を運んだのに、成果なしに終わるのかとがっくり肩を落としてしまう。しかし、ウチの所長サマが直々に調査にまで来たのに、徒労に終わるなんてことあるのか?少なくとも俺は、……いわゆる当たりの案件でしかラキオが動いたのを見たことがない。データというには悲しいほどに母数が少なすぎるだけの気もするが。
「そう、安全としか言いようがないンだ、この家は。だからこそ異常だと言える。依頼人から聞いた内容は明確に、何者かの介在を疑うべき状況を示唆していた。なにより……」
そこまで言って、ラキオは口をつぐむと、シャワーに入ったばかりだというのに汗で首筋に張り付いてしまったらしい髪を鬱陶しそうにはらう。
「僕も、害意のありそうな霊は感じ取れなくて……むしろ、逃げ惑っている、ような。強い感情のようなものだけを、感じるんです……そのあたりにいるような霊ではなくて、明確な意思を持っている、なにかが……」
黙り込んでしまったラキオの代わりに、レムナンが言葉を紡ぐもやっぱイマイチ釈然としない。俺はこういう時に即座に問題を理解できる頭も、危険を感じる直感もどうにも2人と比べて鈍めだという自覚があるので首を傾げ、珍しく要領を得ない二人の言葉を反芻する。
「……明確な意思があるのに害意はない?じゃあナニが目的で、ウロついてるってワケ?」
「それがわからない、だからここで調査を進めるのさ。さて、僕が寝る前に三人で状況をきちんと整理しておこうか、君たちにもわかりやすいように説明してあげるからちゃんと聞くンだよ」
そういうと、ラキオはどこか外国産らしい透き通ったブルーのボトルに詰められたミネラルウォーターを口に含んで続ける。
「まず、依頼人が違和感を持つ、何かしらの超常現象を感じたと言っていたのが、シャワー・裏庭・台所・亡くなった祖母の部屋だ。ここと併せて廊下などに計器をセッティングしたが、どこも異常はなし。レムナンのいう裏庭と台所にも、気温の低下や計器異常も現時点では認めていない」
「間取りの実測の数値にも、大きな差は見られませんでしたし、老朽化による建物の軋みなどで、依頼人が不定愁訴を感じているだけ……というわけでもなさそうでした」
と頷きながらレムナンも言う。
「家全体の構造が歪んでるせいで、変なことが起きているような気がするなら特定の部屋だけってのもおかしいもんなァ」
「つまり、依頼人のいう特定の場所にのみ作用する何かがあると考えた。しかし結果はご覧の様だろう。一つずつ細かく見ていこう」
「まずは僕たちも使った浴室だね。1.25畳と一般家庭のサイズと比べてやや広めだ。古い家屋でここだけ新しい造りだったが、足腰の弱った祖母が入りやすいようにとリフォームをしたそうだね」
「あぁ、だからやたらと手すりがあったわけか」
思い出しながら、呑気に俺は言う。
「棚や鏡がなかったのは、手入れをしやすくするためだ、とか」
「あーそういうの、最近流行ってんだってな、銭湯スタイルっつーの?」
シャンプー類などをまとめてステンレスのラックに入れておき、出入りするたびに持ち込むのが住宅業界のトレンドらしい。この間グラビア目当てに買った雑誌にちらっと書いてあったことを思い出す。
「へえ、沙明の割に物知りじゃないか。しかし、おかげさまでメイクのひとつも風呂場で満足に落とせなかったから、機能面に問題があると言わざるを得ないけどね」
だからメイクをここで落としてたのか。人前でそういうことをあまりするタイプじゃないから珍しいなとは思っていたが、謎が解けた。そう言う俺に、またもや呆れたように「おやおや先に入っておいて、そンなことにも気が回らなかったのかい」とまたもやチクリと嫌味を言われた。べつにいいだろそこは!
「とにかく、だ。浴室は結局今のところ何もなし」
「じゃあ次は、裏庭……ですね」
「倉庫があり、そこには祖母が昔使っていたらしいスコップや古びたプランター、枯れ落ちた球根など雑多なものが放り込まれていたとのことだね」
「あー依頼者サンも、祖父が木工趣味で大工道具を集めていたが亡くなってからは誰も使う人がいないのでとりあえず押しやってるって言ってたな」
「裏庭は切り株がありました。これは根腐れした木が、倒れる前に、おじいさんが切ってくれた、とか」
「で?レムナン曰く、ここも怪しいンじゃなかったの?」
そうラキオに尋ねられると、レムナンがまたもやうーんと唸る。内気に見せかけて結構ズバズバ言うタイプにしては、ずっと歯に何か挟まったような物言いしかしないのはなんなんだろうか。
「この家の中で感じる気配……強い意志があるのに害意はないタイプですね。所謂「地縛霊」がイメージしやすいと、思います。ただ、こういった霊がこの場所に留まるのには理由があることが多いです」
「そして地縛霊と一般的に呼ばれる現象は、当事者が亡くなってから一定期間が経つと徐々に弱まることが多いとされている。祖母が亡くなったのは直近のことだから、レムナンが感じ取れるのは当然だね。仮に祖母だとしたら、だ」
「ハァ?どーいう意味?」
「依頼者の話の中に、おばあさんに死後も囚われるような理由がありそうでしたか?」
確かに依頼者サンからは、祖母の死に不審な点はなかったと聞いていたんだったわ。
「……じゃあ今浮かんでるらしい奴は誰?」
見えもしないナニかを指差し尋ねてみる。
「この家は祖父が建てたそうだ。依頼者の母親含め、子供たちは独立をしていて、この建物の中で亡くなったのは祖父と祖母だけ。ならば、祖父の方に怪しいところがあるのかと思ったんだが……」
「『おばあちゃんの家に住む前なので、あまり詳しいことは知らなくて……すみません』だったっけか?」
「おじいさんが亡くなったのも10年以上前のことだそうですし、仕方ないのかも、しれません。どちらにせよ亡くなってから時間が経っているので、おばあさんが亡くなって急に存在感をアピールするかというと……なんだかしっくりこない、ですよね」
「んーたとえば、だ。おばあさんが怪しげなナニカを毎晩慰めていた……亡くなって、そのナニカが無くなったから、暴れ始めたとかはどーよ?」
我ながら結構イイ線いってんじゃね?案外興味深い推理だったようで、ラキオは面白そうに聞いていた。しかしレムナンはそうじゃないらしい。眉間にシワをよせたままだった。
「どしたよレムナン。この俺の類稀なる推理に慄いちまった……ってか?」
「それはありえません。あ、いや……推理自体がありえない、ってワケじゃなくて……」
目を左右にウロウロさせると、観念したように話し出す。
「裏庭にいるのは、違うんです」